もう無くなってしまった旧ブログで書いた「敗因はコンディション調整にあるのか?」に大幅に加筆修正し、ハリルホジッチ監督のプレゼンで話題になっている「体脂肪」も含めて、サッカー選手のコンディション調整について書いてみようと思います。
昨年のブラジルワールドカップで日本代表は残念ながらグループリーグで敗退してしまいました。
大会後に行われた日本サッカー協会のレビューではコンディション調整について触れられていました。
不備があった点として、
・事前の国内合宿(酷暑の中での練習)
・ブラジル国内での移動時間(飛行機を含めて5時間)
が試合に疲労を残したのではないかという報告です。
スタッツに見る疲労
当時代表監督ザッケローニ氏は、
「走行距離では相手を上回っている」
と試合後にコメントをしていました。
実際に初戦も二戦目でも選手の総走行距離では相手を10キロ程上回っていました。
ですが、
「スピードが足りなかった」
とザッケローニ監督のコメントが続くにように、相手選手よりは走れている、けれどスピードのある良い走りではなかったというのが指揮官の見立てです。
つまり、走行距離では判断できない、選手のプレースピードを足りなくさせる要素があったという事になります。
サッカーは戦術や展開によってもプレースピードに変化があるので、必ずしも「疲労」がスピードを落とさせる全ての要因だとは言えません。ですが、敢えて「スピードが足りなかった」という原因を、「酷暑の中での国内合宿」と「ブラジル国内での移動」による疲労にあると仮定して、コンディション調整の不備という意味を考えてみたいと思います。
暑熱馴化(しょねつじゅんか)と国内練習
まずは、一つ目の「酷暑の中での国内練習」について。
当時の国内合宿(指宿)期間中の日中最高気温は平均すると24.8℃で、アメリカでの直前合宿では30℃前後でした。
初戦のコートジボワールとの試合は気温27℃で湿度77%、
第二戦のギリシャとの試合は気温29℃で湿度65%、
第三戦のコロンビアとの試合は気温31℃で湿度30%という状況です。
これを暑熱馴化(暑さに体を慣らす事)の面から考えると、
・アメリカでの直前合宿地は気温は高いものの湿度が低い
・ブラジル国内でのキャンプ地の平均気温が16℃で過ごしやすい
という二点が注目されます。
湿度の高さは発汗量に関係があります。発汗量の多さは暑熱馴化にとって重要な要素です。その面から考えると、アメリカ直前合宿地の湿度は低く、ブラジル国内キャンプ地は過ごしやすい気候で更に発汗量は落ち、発汗からみた暑熱馴化対策としてはマイナスです。
(発汗量と暑熱馴化の関係は、発汗による体温調整とナトリウムの体内保持機能に関わります)
国内練習での肉体的な疲労も取り沙汰されていましたが、本番までのスケジュールを考えれば疲労を抜く事も可能だったとも言えます。ですが、暑熱馴化のミスの為、発汗や暑さに負けてしま状態になり、走行距離には響かないもののスピードを落とす結果に繋がっている可能性はあります。
飛行機移動とコンディション
二つ目の「ブラジル国内での移動」について。
飛行機での移動は、気圧の問題で体内のガスを膨張させ、血中の酸素濃度を低下させます。血中の酸素濃度が低下すれば筋機能も低下します。ですので、飛行時間の長さがコンディションにプラスに働く事は有りません。今回のワールドカップではブラジル国内キャンプ地から試合会場まで移動するのに、羽田-台湾間程度の距離を飛行機で往復しています。
どの程度の時間でリカバリーできるかという問題に関しては個人差はありますが、羽田から台湾間を移動して試合、終わったら羽田に戻ってリカバリーから練習を行い、また移動して試合・・・という繰り返しは、徐々に筋機能を低下させるのには十分なマイナス要素です。
コンディションから見る本番までの流れ
ブラジルワールドカップでのサッカー日本代表は、
国内合宿からアメリカでの直前合宿で暑熱馴化とトレーニング、親善試合を行い、過ごしやすい気候のブラジル国内キャンプ地でトレーニング、そこから数時間の飛行機での移動を行い高温多湿の環境下で試合・・・という流れです。
こうしてみると、挙げられているように国内合宿もブラジル国内での移動も、暑熱馴化や疲労のコントロールと言った面でマイナスに働いていたのは間違いなく、結果として「距離は走れていた、けれどスピードが遅い(コンディションが悪い)」という事になったのでしょう。
暑さ対策への考え方
実際に、暑い中でプレーをしなければならないスポーツの暑さ対策として、
・プレーやトレーニング中の熱射病、高体温、脱水に注意する
・事前に暑さに身体を慣れさせる(暑熱馴化)
という二点が重要です。
また、暑熱馴化(暑さに身体を慣れさせる)で気をつけるべき点は、練習である程度の発汗量をキープさせることです。発汗量が上がることで熱を効率的に外に逃がしつつも体内のナトリウムを維持する機能が上がります。
ですので、高温多湿という本番の試合に向けて暑熱馴化を行うのであれば、
・本番と似たような環境で、強度の高めトレーニング
・本番よりも厳しい環境で、強度の低いトレーニング
発汗量、体温が高くなりすぎれば脱水のリスクは上がるので、トレーニング強度でバランスを取ります。
反対に汗の掻きにくい環境で、発汗量を維持するために更に高い強度のトレーニングという選択肢は、トレーニングによる怪我のリスクが上がってしまい、暑熱馴化という効果の面から見てもあまり優先度は高く有りません。
コンディション調整の面から見ると、高温多湿の環境で試合を行う場合、試合期間中のキャンプ地の選択肢として、過ごしやすい気候で、尚且つ試合会場まで遠いという条件は(飛行機移動を伴うのであれば更に)優先度は高くありません。
キャンプ地選びの条件はコンディション調整だけが全てでは有りませんので今回の選択が失敗か否かは別問題です。
とは言え、少なくとも「距離は走れていた、けれどスピードが遅い(コンディションが悪い)」の原因の一つである可能性は高いと思います。
体脂肪率が低いと怪我をしにくいのか?
ハリルホジッチ監督が日本代表FWの宇佐美選手を名指しで、
「体脂肪率が高い!」と指摘しました。
この件に関しては、ちょっと賛否がありました。
体脂肪率は高いと怪我をしやすくなるのかどうかは直接的な研究がないので何とも言えませんが、色々な研究を基に考えると、
・怪我をした選手群の方が、しなかった選手群に比べて体脂肪率が高い傾向にある
・運動量が多いポジションの選手の方が体脂肪率が低い傾向にある
・海外リーグに在籍するFW(人種、国籍も関係なく)の平均と比較すると宇佐美選手の体脂肪率は高い
という事がわかります。
また、競技によって体脂肪率の平均に違いがあり、個々の競技やポジション、プレースタイルによっても違いがあります。
こうした事実から考えると、ハリルホジッチ監督が宇佐美選手に求めるもの、日本代表選手に求めているものが見えてきます。
全選手の体脂肪率をピックアップして管理することの一番のメッセージは、「ハードワーク(運動量)」と「自己管理」です。
宇佐美選手だけではなく、体脂肪率を上げない為に必要なのは食事の管理だけではなく、プレーとしての運動量、それを支える練習量です。
「ハードワーク(運動量)」と「自己管理」が出来ていなければ怪我をするよ・・・という研究はないものの、チームの練習や試合をマネジメントする人「監督」と「怪我の発生率」には相関性が有るという研究が出ていることを考えると、ハリルホジッチ監督率いる日本代表においては、求められるプレー強度(インテンシティ)を練習や試合で発揮する上で、
「体脂肪が高いと怪我をする」ということが当てはまるのかもしれません。
因みに、色々な研究を見てもただ単純に体脂肪率を下げたからといって怪我の発生率が下がるとは言い切れません。
加えて、トップチームの選手と比較すると若い世代は体脂肪率は高い傾向にあるという調査もあります。
ですので、十代のサッカー選手にとっては、ただ単純に体脂肪率を下げるのではなく、自己管理として体脂肪率を無意味に上げないことのほうが重要です。
もう一つ。
家で体重計を使った体脂肪率の測定は代表選手は使っていません。家で体重計に乗って宇佐美選手より多い!とか一喜一憂しないで下さい。飽くまでも目安ですのでご注意を。